2015年3月20日金曜日

文豪・谷崎潤一郎が見た「天狗の骨」とやらを同定してみた



「細雪」「卍」などで有名な、日本を代表する文豪・谷崎潤一郎

その谷崎が、離婚した最初の奥さん(千代)を親友の佐藤春夫と結婚させた有名な「細君譲渡事件」の直後、北陸を旅行していたらしい、ということを知りました。昭和5~6年のことらしいです。

折しも、ここ富山は新幹線ブームに沸いています。文豪が北陸のどこに立ち寄り、何を見たのか。どこに泊まって、何を食べたのか。知ることができれば、ガイドのネタに使えそうです。

気になった私は、その頃に谷崎が書き残した紀行文や随筆を探していました。

そして富山県立図書館で谷崎の全集や年譜を当たっていた際に、偶然、「天狗の骨」という短い随筆を発見しました。

しかも天狗の骨の詳細な挿絵入りです。

いちおう動物学徒である私は、これは時代を超えた挑戦状だと感じましたよ。

ということで、谷崎先生がご覧になられた天狗の骨とやらが実際には何だったのか、徹底的に探ってみることにしました(この時点で当初の目的は忘れています)。



「天狗の骨」は谷崎潤一郎全集の第22巻に載っています。出典は昭和6年10月号「犯罪公論」とありました。ここで、雑誌「犯罪公論」についても詳しく調べてみたく思いましたが、ぐっと我慢です。






年譜では、

1930年(昭和5年)44歳で千代と離婚し、「細君譲渡事件」として騒がれる

1931年(昭和6年)45歳 古川丁未子と結婚。借金のため一時期高野山にこもる

とあります。

「天狗の骨」本文によると、この骨は和歌山県伊都郡高野町高野山の増福院 (ぞうふくいん) というお寺で見せてもらったとありますので、年代は合致します。

増福院には、覚海大徳という高僧が天狗となって天に昇ったという言い伝えがあり、谷崎もこの後「覚海大徳の昇天」という小説を発表していますので、創作のための取材活動の一環だったのかもしれません。


さて、気になる天狗の骨。
以下に本文中の挿絵二点と説明を転載します。




「上人に関する古文書を蔵している中に、天狗の頭蓋骨といふものがある。ここに示す図は、住職鷲峰師の許可を得て妻丁未子(とみこ)が写生したものである。」



天狗の頭蓋骨正面図 AB間二寸位 CD間一寸位



「見たところ人工で拵(こしら)えたり接ぎ合はせたりしたもでないことは確かだが、どつちが正面だか前だか後ろだか手に取つてみてもよく分らない。」



側面図 EF間七寸位 FG間五寸位




「太古の怪獣の骨ではないかとも思はれるが、その方面の専門家に見せても一向説明がつかないといふ。」

「先年大阪の三越だか白木屋だかの展覧会に出品したことがあり、その後もずゐぶんいろいろな人が拝観に来る。西洋人などもやつて来て、丹念に写真を取つて帰るのもある。」




谷崎本人がこの骨を手に取ったのだそうです。手に取ってみたにもかかわらず、どっちが正面だか前だか後ろだかわからなかったようです。
しかし絵に描いた妻丁未子は、どちらが正面かはわかっていた様子です。ちゃんと「正面図」とあります。




鑑定しましょう。



第一印象では、
くちばしのついた鳥の頭骨のようにも見えます。


鳥の頭骨。(以下、参考写真はフリー素材からお借りしています)


 しかし「天狗の骨」には、よく見るとくちばしにはない正中線の亀裂があります。





これはくちばしではなく、鼻骨の特徴です。






牛の骨。顔の中央、鼻筋にそって左右に割れています。





馬の骨の鼻も同じ。気持ちいいくらい真っ直ぐです。





そうすると、鳥類ではなく、長い鼻筋を持った哺乳動物の頭骨ではないか、と考えることができそうです。その場合矢印のところが眼窩ですね。




眼窩。その上のふくらみが脳の場所。



シカの頭骨。角や歯が取れちゃったと仮定したら、形が似ていそうです。





実際、こんな感じで朽ちた頭骨が上下分離していることも多いので、角のない上半分だけ見れば形としてはありえなくはないとは思いますが、その場合骨は触ると崩れてくるくらいボロボロなはずです。

いくら大文豪とはいえ、お寺の宝物を素手で触らせてもらえるわけですから、ある程度しっかりした骨だったのだろうと想像されます。






この「天狗の骨」にはもう一つの重要なポイントがあります。下の図でいうと矢印の穴です。








穴の間隙は鼻骨の下からつながっています。つまりこれは鼻腔だと考えられます。





両目の間、おでこの上に鼻の穴、というか噴気孔を持つ生き物といえば、この仲間しかいません。













イルカちゃんです。




→「イルカ」「頭骨」で画像検索すると、お分かりいただけるかと思います。









天狗ちゃんです。この形でしょう?





イルカ



天狗



7


イルカ




天狗








イルカ




天狗









 イルカショー




天狗ショー






ここまでは割と簡単にたどり着けました。


しかし、「イルカ」というのでは種名になっていません。
そもそもイルカとクジラには分類学上の区別はありません。「○○クジラ」と名の付く小型鯨類の可能性だって残ります。


この天狗が何イルカ(または何クジラ)なのかをさらに追及してみます。



同じく図書館にあった「海の哺乳類 FAO種同定ガイド」NTT出版という図鑑で調べます。
クジラ・イルカ・アザラシ・オットセイ・ホッキョクグマなど海に暮らす全ての哺乳動物が頭骨の図入りで紹介されているスグレモノです。










スケッチと図鑑を見比べて、細かな出っ張りや窪み、全体のバランスを照合していきます。

髭では無く歯を持つ種類のうち、だいぶ口吻の長いタイプのイルカのようです。特徴がスジイルカ属っぽく見えます。








以上、頭骨の特徴とイルカの種ごとの分布とを鑑みて、私は谷崎潤一郎が見た天狗の骨はイルカの頭骨、種でいうとスジイルカ またはハシナガイルカの頭骨だろう、と結論付けました。



和歌山県で水揚げされるイルカはスジイルカなので、こちらの可能性のほうが高そうです(が、あくまで状況証拠です)。






 予想を確定させるためには、専門家によらなければなりません。ので、旧知のなにわホネホネ団団員に現在照会中です。

 さて、どういった確定名が出てくるか、楽しみであります。




ちなみに「天狗の骨」でグーグル検索をしてみると、和歌山県の別のお寺にもイルカの頭骨とおぼしき天狗の頭蓋骨がありますね。お国柄なんでしょうか・・・?





(2015/3/23追記)
なにわホネホネ団のT様より回答をいただきました。
博物館OBの方にも照会いただいたそうで、大変恐縮です。

『スジイルカ属(Stenella sp.)かマイルカ属(Delphinus sp.)のどちらかと思われます。』
『※「FAO」には載っていませんが、マイルカ属にハセイルカという吻の長いイルカがいるので、マイルカ属の可能性もあります。』
 『理由として、頭蓋全体の大きさや吻の長さと形があげられます。』

『側面図に描かれている前頭骨の凸凹具合(おそらく過骨化)から見て、年齢的には大人(むしろ年を取った個体)と見られるので、これ以上大きくなる種類ではなさそうです』

とのことでした!
私の予想とだいたい合致していましたが、不明な点は憶測に拠らずに不明として、幅広のお答えにしていただいているあたり、さすがプロは違うなあ、と勉強になりました。

お手数をおかけした皆様、どうもありがとうございました!





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